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第三十話

last update Last Updated: 2025-04-21 09:37:40

その後、運転を変わるという壮一の言葉に、日葵は素直に従うと助手席へと移動した。

コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の風景に目を向けた。

そして、初めのころの壮一の態度を思い出した。

「ねえ? どうして謝る気になったの?」

すっかりさっきのままため口になっていたが、日葵はそれに気づかず、胸の中の棘が抜けたような気持ちだった。

そして少し意地の悪い質問だと思ったが、日葵は初めのころの態度とは違う壮一に問いかけた。

「ああ……」

壮一は少し考えるような表情をしたあと言葉を発した。

「戻ったばかりのときは、日葵をこんなに傷つけてるなんて思ってなかったんだよ。大人になった日葵は、もしかしたらあの時のことなんてこれっぽっちも気にしてない。その可能性だってゼロではないだろ?」

確かに、この離れていた時間のお互いのことはわからない。

その可能性だってなかったわけではない。日葵はそう思うと小さく頷いた。

「じゃあどうして?」

「もちろん、日葵の態度でも気づいた。極めつけは誠真だな」

意外な言葉に日葵は驚いて目を見開いた。

「誠真? どうして誠真?」

いきなり出てきた弟の名前に、日葵は声を上げた。

「こないだ久しぶりに飲んだんだよ。あいつ日本に帰ってきただろ?」

弟の誠真は大学を卒業後、壮一の父親である会社に入社し一年間アメリカへと行っていた。

「そういえば帰ってきたわね。あの子」

「あの子ってお前。誠真だって大人だろ」

壮一が少し笑って言ったのを聞いて、日葵も少し笑みを漏らした。

「それで?」

「親父の会社に入ったけど良かったかって。俺だって誠さんの会社に入ったわけだし、全く問題ないって答えたよ。本来、やりたいことが逆だったらよかったなって話をした」

確かに壮一も誠真も、自分の父親の仕事を継ぐのがよかったのかもしれない。

でも、今はまだお互いのやりたいことが逆だ。

「そうだね」

そう答えた日葵は、チラリと壮一に視線を向けると、瞳がぶつかる。

どちらからともなく視線を逸らすと、壮一が静かに言葉を発した。

「その時聞いた。どれだけ日葵が傷ついて、目も当てられないほどだったかって……」

(誠真……)

確かにあのことは、誠真の優しさもすべて無視して、一人の世界にこもっていて心配をかけたのだろう。

「めちゃめちゃ怒られた。あの誠真に。大人になったな」

「そうだね」

怒ってくれた誠真の気持ちが
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    『昔に戻ろう』その言葉のままなら、この距離なんて普通のはずだ。 小さい頃は一緒に眠ったことだって何度とあるし、いつもこの距離で会話をしていた。しかし……。やっぱり今は違う! 日葵の中で感じた感情はそれ以外の何物でもなかった。 離れてた時間のせいか、再会してからの上司としての壮一を見たせいか、理由など考える余裕はなかったが、日葵の心臓は煩いぐらいにドキドキと音を立てる。高校に入ってまったく話さなくなった冷たい壮一とも、小さい頃の優しい壮一でもない。今ここにいるのは今の等身大の壮一だ。 そのことが日葵を混乱させる。 知らない人のように感じる壮一に、ザワザワとするこの感情が何か考えたくなかった。「あっ、えっと」 そんな気持ちを悟られないように、日葵が話を続けようとしたのに壮一は目を逸らすことなく、日葵の瞳を覗き込んだ。そのままどれほど見つめ合っていたのだろう。きっとほんの数秒だがとてつも長く感じる。「日葵……」呟くような声とともに、更に壮一の顔が近くなる。え? 唇が本当に触れそうな距離まで壮一が近づき、日葵は動けなくなる。初めて見るかもしれない。熱を持ったような壮一に、この人は誰?そんな気さえする。しかしそんな日葵に気づいたのか、壮一はハッとしたように動きを止めた。「悪い」 何に対して謝られたのか全く分からない。 今ままでとは確実に違う、二人の距離感を意識しないわけにはいかなかった。 破裂してしまうのではないかと思うほど、心臓が煩く音を立てる。何……今の。 日葵の中で『生身の男』と言った崎本の言葉が不意に頭をよぎる。 冷たいぐらいだった身体が一気に熱を持つのがわかった。どうしていいかわからない日葵を他所に、壮一を見れば涼しい顔をして文字を直している。 「日葵、ここだろ?」 至って普通の壮一に、日葵は唖然としつつ、自分だけ動揺しているようでそれを隠したくて、表情を引き締めた。「そう。そこ。直したらご飯だから片付けてね。お茶持ってくる」 自分に対しての言い訳のように、日葵は言うとキッチンへと急いだ。 その後二人で食事をする間も、仕事の話ばかりしていた。 あえて日葵がその話題をしていたのか、壮一がそれ以外の話をしないのかわからない。しかし、ふと話が途切れて無言の時間が出来る。その静寂

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第三十一話

    あの日以来、少しずつ壮一との関係は変わって行った。日葵が望んだとおり、兄として家族としての関わりになってきたかもしれない。あの名古屋からの帰り、二人でクタクタになり家へと戻りお互いの家の前で、日葵は壮一に呼び止められた。『日葵、もう一度昔の関係に戻りたい。仲が良かったころに。それは無理?』その壮一の言葉に、日葵は無意識に言葉を発していた。『私も戻りたい』きちんと謝ってくれたのだから、これ以上意地を張る必要もなければ、ここからは壮一の負担になるようなことは避けたかった。自分の幼さから壮一を苦しめてしまったことも、日葵の中で後悔の念があったのかもしれない。週末の金曜日、名古屋から帰ってきてからもハードワークで疲れ切った顔をしていた壮一に、みかねて日葵は食事を食べに来るようにメッセージを送った。もしかしたら断られるかもと思ったが、すぐに壮一からは終わったら行くと返事がきた。安堵しつつ日葵は、壮一より早く会社を出ると、スーパーでメニューを思案する。長い年月、壮一の食の好みがどうかわったかわからない。悩んだ末に日葵は、子供の頃壮一が好きだった煮込みハンバーグを作ることにした。時間の都合もあり、それにサラダという簡単なメニューだが、デミグラスソースに玉ねぎやニンジン、ブロッコリーなど、野菜がたくさんとれるようにしようと考えた。家へ帰ると、さっとハンバーグを作りきれいに焼き色を付けた後、たくさんの野菜とデミグラスソースで煮込む。その間に、レタスとトマトを中心にサラダを作り冷蔵庫で冷やしておいた。時計を見れば、もうすぐ21時になろうとしている。まだかかるかな。そう思ってソファに座りテレビをつけたところで、メッセージが来たことを知らせる音が聞こえた。【もうすぐ行く】意外と早かったな。そう思いながら冷蔵庫からサラダを出したところで、家のインターフォンが鳴った。え?もうすぐって、本当にすぐじゃない。そう思いながら、パタパタと玄関に走って行くと、ドアを開けた。そこにはすでにシャワーも浴びたのだろう。スウェット姿で髪がまだ少し濡れた壮一がいた。「お疲れ様」「誰か確認しろよ」そう言いながらも、ポンと壮一は日葵の髪に触れると自分の家のように先に中へと入って行く。そんな壮一に、小さく息を吐くと日葵は後を追った。「おっ、うまそう。俺の好きな物

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第三十話

    その後、運転を変わるという壮一の言葉に、日葵は素直に従うと助手席へと移動した。コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の風景に目を向けた。そして、初めのころの壮一の態度を思い出した。「ねえ? どうして謝る気になったの?」すっかりさっきのままため口になっていたが、日葵はそれに気づかず、胸の中の棘が抜けたような気持ちだった。そして少し意地の悪い質問だと思ったが、日葵は初めのころの態度とは違う壮一に問いかけた。「ああ……」壮一は少し考えるような表情をしたあと言葉を発した。「戻ったばかりのときは、日葵をこんなに傷つけてるなんて思ってなかったんだよ。大人になった日葵は、もしかしたらあの時のことなんてこれっぽっちも気にしてない。その可能性だってゼロではないだろ?」確かに、この離れていた時間のお互いのことはわからない。その可能性だってなかったわけではない。日葵はそう思うと小さく頷いた。「じゃあどうして?」「もちろん、日葵の態度でも気づいた。極めつけは誠真だな」意外な言葉に日葵は驚いて目を見開いた。「誠真? どうして誠真?」いきなり出てきた弟の名前に、日葵は声を上げた。「こないだ久しぶりに飲んだんだよ。あいつ日本に帰ってきただろ?」弟の誠真は大学を卒業後、壮一の父親である会社に入社し一年間アメリカへと行っていた。「そういえば帰ってきたわね。あの子」「あの子ってお前。誠真だって大人だろ」壮一が少し笑って言ったのを聞いて、日葵も少し笑みを漏らした。「それで?」「親父の会社に入ったけど良かったかって。俺だって誠さんの会社に入ったわけだし、全く問題ないって答えたよ。本来、やりたいことが逆だったらよかったなって話をした」確かに壮一も誠真も、自分の父親の仕事を継ぐのがよかったのかもしれない。でも、今はまだお互いのやりたいことが逆だ。「そうだね」そう答えた日葵は、チラリと壮一に視線を向けると、瞳がぶつかる。どちらからともなく視線を逸らすと、壮一が静かに言葉を発した。「その時聞いた。どれだけ日葵が傷ついて、目も当てられないほどだったかって……」(誠真……)確かにあのことは、誠真の優しさもすべて無視して、一人の世界にこもっていて心配をかけたのだろう。「めちゃめちゃ怒られた。あの誠真に。大人になったな」「そうだね」怒ってくれた誠真の気持ちが

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十九話

    荷物を乗せると、日葵は運転席へと向かう。「長谷川! 本気か?」慌てたような声に、日葵はジッと壮一を見た。「すごいクマです、チーフ。きれいな顔が台無しです」なぜかスラスラと言葉が出て、日葵はホッとした。「危ないと思ったらすぐに言えよ」ハラハラした言い方の壮一を助手席に乗せると、日葵は車を発進させた。日葵は車の運転が好きだった。都内ではあまり乗る機会はなかったが、仕事に必要だろうと免許も取得していた。「本当だ。うまいもんだな」隣でホッと安堵したような壮一の声に、日葵も少し微笑んだ。「眠っていってください」そう言葉にしたところで、日葵は視線を感じチラリと壮一を見た。「チーフ?」「いや、本当にいろいろ悪かったと思って」もう日葵を見てはおらず、壮一は窓の外を見ていた。「あの……」「なに?」静かにゲームのインストルメントが流れる車内で、日葵は口を開いた。「“いろいろ”って何ですか? 行きの車で言われたことを考えていたんです。完璧でいたかったからアメリカにって……それがどうして、どうして何も言ってくれない、につながったのか」これを聞かなければ、自分自身が前に進めないような気がした。静かに少しずつ尋ねる日葵に、壮一が自嘲気味な笑みを浮かべたのが分かった。「逃げたんだよ。全部から」「え?」その意外な言葉に、日葵は反射的に壮一を見た。「日葵から、すべてから。日葵に行くのを止められたら、きっと行けなかった。でもあの時の俺は、苦しくて、どうしても逃げ出したかった」そんな葛藤があるとはまったく思っていなかった日葵は、ギュッとハンドルを握りしめた。「それも完全なおれの自己満足だったってことに、ようやく気付いた」「私から逃げたかったの? 私のせいだった?」つい零れ落ちた自分の言葉を止めようと思った時にはもう遅く、壮一がシートから起き上がるのが分かった。「違う。日葵、それは違う。すべて俺が悪いんだよ。お前は何も悪くない」静かに、真剣な表情の壮一に、日葵は涙をこぼさないように何とか運転に集中しようとした。「日葵、次のサービスエリアで止まって」その壮一の言葉に、日葵もこれ以上運転をして危険があってはいけないと、サービスエリアに車を止めた。「コーヒーでも飲もうか」壮一の言葉にも、日葵はそのままジッと止まったまま動けなかった。「だっ

  • I Still Love You ーまだ愛してるー   第二十八話

    (謝罪されたことで、きっと心が緩んだだけよ。今更こんな不毛な恋はするわけにはいかない)そう心に思っていたところで、ドリップコーヒーにお湯を注いでいた壮一が言葉を発した。「いくら仕事とはいえ、崎本部長に悪いな」「え?ち……」壮一の言葉に、やはり自分と崎本が付き合っていると思っているのかもしれない。日葵はそう思い、否定の言葉を言いかけたが、さっき自分が決めた気持ちを思い出す。壮一にまた傷つけられるのも、壮一が自分を思うことなど絶対にない。私みたいな普通の女。今ならまだ戻れる。そう思うと、日葵は否定するのをやめた。「私こそ、柚希ちゃんに申し訳ないです」「え?柚希?」その言葉に壮一が今度は聞き返した。しかし、やはり否定の言葉はなく、沈黙が二人を包んだ。無言で差し出されたコーヒーに、なぜか泣きたくなる気持ちを抑えながら、日葵は手を伸ばした。(どうして、どうしてこんなに私の心を揺さぶるのよ……)コーヒーの苦みと熱さが、さらに追い打ちをかけるように日葵の心に影を落としていった。ふわふわとした気持ちの中、日葵は昔の夢を見ていた。手を伸ばすと、いつも笑顔の壮一が優しく手を差し出してくれる。それを何の迷いもなく、ギュッと握りしめる。そんな毎日が永遠に続く夢を。夢と現実の境目がわからないまま、日葵はその心地よい揺れと温もりを離したくなくて、手を伸ばした。しかしそれはあっけなく空を切り、小さな衝撃とともに体がその温もりから離れていく。日葵はそれをなんとか阻止しようと、もう一度手を伸ばした。しかし、あの暑い夏の日、何も言わずに冷たい視線を向けて背を向けた壮一へと、夢は変わっていく。そのことが悲しくて、意味がわからなくて、日葵は伸ばしていた手をギュッと握りしめた。「どうして……?」言葉になったかわからないつぶやきを漏らしながら、自嘲気味な笑みがこぼれる。夢の中でさえ、結末は同じ。あの夏は何も変わらない。そんなことが頭の中をぐるぐると巡り、この夢から早く解放されたくて、頬を涙が伝う。「日葵……」小さく呟かれたその声が聞こえたような気がした。そして、そっとさっきまでの温もりが日葵の頬に触れ、静かに涙を拭うのが分かった。どうして?少しぎこちなく、昔のように触れてくれないその手がもどかしい。夢と現実のはざまがわからないまま、日葵は

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